街道歩きできるかな

50代、体力が衰える前に五街道歩きにチャレンジ

日光街道①日本橋~千住宿

2024年6月5日(水)

10:45

さてさて、6月の土日は予定がいっぱいで丸1日かけての東海道は行けなくなりました。気温も上がってきているので、街道歩きは夏休みに入ろうとも思ったのですが、平日のお休みに半日くらいなら時間がとれそうでしたので、日光街道を日本橋から出発!なら行けるのでは!?と思い立ち、家族を会社と学校に見送り、犬の散歩と家事も済ませてから日本橋にやってきました。

東海道とは反対方向へ出発します!

 

10:52

三越前を通って室町三丁目南交差点を右折します。高いビルの写真を載せるの久しぶりだなぁ。

交差点の角に「十軒店跡」碑がありました。令和2年に建てられたようですので、ガイドブック「ちゃんと歩ける~」には掲載されていません。太い脚が写ってしまった。

 

10:58

昭和通りを地下道をくぐって渡ります。出口の上り階段の壁から水が漏れ出ていたのですが、大丈夫でしょうか。

 

 

10:59

小津の起源碑。小津和紙本館ビルの前にあります。えびす通りの方には「於竹大日如来井戸跡」があるようですが、そちらには行きませんでした。

 

11:02

旧日光街道本通り碑。映り込みしちゃう素材の碑が多いなぁ。

 

 

11:08

大安楽寺。日光街道を少し外れて子伝馬町駅近くの大安楽寺と十思公園まで来てみました。大安楽寺は江戸伝馬町処刑場跡で向かいの十思公園は江戸伝馬町牢屋敷跡です。十思公園には「吉田松陰先生終焉の地碑」があります(写真撮ったはずなのに無い:泣)。

 

公園内にある石町時の鐘。

 

公園には遊具もあり、幼稚園か保育所の児童達が遊んでおりました。休憩しているサラリーマンの方もいました。

日光街道に戻って進みます。

 

11:27

横山町問屋街を出て清杉通りを北に向かいます。

 

11:36

浅草橋で神田川を渡ります。ここで痛恨のミス!橋の手前の進行方向左側に郡代屋敷跡があるということで、橋を渡る前に反対側に道路を渡りたかったのですが、歩道が途中でなくなり横断歩道もなく、仕方なく一度橋を渡ってから戻ってくることにしました。後で調べると地下道をうまく使えば行けたようです。都会のトラップにひかかってしまった!

という訳で、浅草橋を渡り返して撮影(下)。江戸時代に関東の幕府直轄領の年貢の徴収・治水・領民紛争の処理などの管理をした関東郡代の役宅があったところです。現在の久松警察署東日本橋交番の隣にあります。

 

はい、浅草橋を3回目渡って進みます。

 

11:39

浅草橋由来案内と浅草見附跡。江戸城の警護として整備された門は「浅草御門」とよばれ、警護の人を配置したので「浅草見附」といわれました。

 

 

11:43

銀杏岡八幡神社。源義家が銀杏の枝を地面に立て祈願し、凱旋すると銀杏が繁茂していたので、それに感謝して創建されたそうです。

 

11:46

須賀神社。當社牛頭天王縁起によれば、推古天皇九年(600年)創建だそうです。

 

11:49

メタセコイヤの木。歩いていたら突然現れました。ガイドブックに記載はありません。菊星ビルの敷地内にあります。生きている化石と言われる樹木です。なんとも素敵でした。説明板にはこのあたり(浅草蔵前)のことについても書かれています。

 

 

11:51

天文台跡。正式名は「頒暦所御用屋敷」。伊能忠敬の師、天文方高橋至時らが寛政の改暦の際に観測をした場所です。浅草蔵前の由来についての看板もありました。

 

 

12:00

蔵前神社。五代将軍綱吉公が京都男山の石清水八幡宮をここに勧請したのが始まりです。

 

 

12:03

榧寺。石川雅望(国学者・狂歌師)の墓、銅造観音菩薩坐像(粉川市正作)があります。

 

 

12:10

浅草駒形諏訪神社。ネットで調べたところ、承久の乱のあと信濃国諏訪郡に住んでいたある神主が諏訪大社の神霊を奉斎したのに始まるといわれる由緒ある神社のようです。

そして、そのお隣にはなんとバンダイ本社が!我が家はいろいろお世話になっています。まさかこんなところで会えるとは。子供がライドカメンズ絶賛プレイ中なので写真を撮って送りました。私は主にWグッズを購入しております。

 

そしてその先に「駒形どぜう 本店」さん。創業1801年どじょう料理の老舗です。

 

12:21

浅草寺雷門。浅草寺に近づくにつれ、どんどん人が増えていきました。平日といっても海外からの旅行者の皆様には関係ないですものね。人を写さないようになんとか写真を撮りました。風神様だけ写ってるかな。若い頃、人の少ない浅草寺を歩いたこともあるのですが、もうあんな日は数少ないのかな。

 

12:22

浅草の一里塚。日本橋から一里(3.93km×1=3.93km)です。とはいってもガイドブックによると浅草観光文化センター辺りにあったというだけで位置は不明のようです。

さあ、人混みはさっさと抜けてしまいましょう。

 

12:31

花川戸公園内、姥ヶ池跡。旅人を泊めて殺害し、金品を奪っていた老女と娘のお話に因む池です。怖いお話ですね。

 

同じく公園内、助六歌碑「助六にゆかりの雲の紫を弥陀の利剣で鬼は外なり」。九代目市川團十郎が1879年に自作の歌を揮毫して浅草の仰願寺に建立したのですが、関東大震災で崩壊しました。長く地中に埋もれていたものが発見され、1958年ここに再建されたそうです。

 

同じく公園内、説明板なども無く後で調べたのですが、福寿稲荷大明神(中央)と姥宮沙竭羅龍王(左)と姫宮妙音辨財天(右)ということ以外詳しいことはわかりませんでした。

 

12:43

山谷堀公園。山谷堀は現在は埋め立てられて公園になっていますが、かつては隅田川につづく水路でした。吉原へ向かう遊客が隅田川から大門の近くまで猪牙舟で行き来したそうです。

 

 

12:58

泪橋交差点。泪橋は思川に架かっていた橋で、小塚原刑場に連れていかれる囚人と身内がここで別れを惜しんだともいわれています。

 


13:05

小塚原刑場跡。江戸時代から明治初期にかけて存在した刑場です。

その少し先に回向院があります。安政の大獄で刑死した橋本佐内・吉田松陰などが葬られています。

 

 

13:15

素盞雄神社。795年4月8日の夜、役小角の弟子・黒珍(こくちん)が崇めていた奇岩が突如光を放ち、二柱の神様が現れて「吾れは素盞雄大神・飛鳥大神なり。吾れを祀らば疫病を祓い福を増し、永く此の郷土を栄えしめん。」と御神託を授けられたので、二柱の神が降臨した小塚の中の奇岩を祀って創建したと伝えられているそうです。とても立派な神社です。

 

 

13:19

千住大橋。1594年徳川家康が江戸に入った後、隅田川に初めて架けた橋で、ブレーストリブ・タイドアーチ橋の現存する最古の例だそうです。

 

八紘一宇碑。八紘一宇とは「 天下 を一つの家のようにすること」または「全世界を一つの家にすること」を意味する語句で、戦後は多くの碑が撤去されたので残っているのはめずらしいそうです。千住大橋を渡ります。

 

 

13:21

奥の細道矢立初めの地。橋の上から橋のたもとを見ると、壁に「おくのほそ道旅立ちの地」と書いてありました。渡った先の大橋公園には「奥の細道矢立初めの地碑(写真撮り忘れ)」と「おくのほそ道行程図」があります。芭蕉はここで最初の句「行く春や鳥啼魚の目は泪」を詠んだそうです。

 

 

13:26

芭蕉像。生誕360年記念に建てられました。千住宿奥の細道プチテラスにあります。

 

 

ここから先は「やっちゃ場」の地になります。「やっちゃ場」とは青物市場のことで三十数件の青物問屋が軒を連ねていたそうです。通り沿いの建物にはかつてのお店の看板や説明板がたくさんありました。写真はそのうちのいくつかです。

 

  

 

13:30

旧日光道中碑。横に「是より西へ大師道」とあります。

 

13:32

源長寺。1610年創建の浄土宗のお寺です。

 

13:34

千住掃部宿(せんじゅかもんじゅく)説明板。掃部宿憩いのプチテラスにあります。掃部宿(現千住仲町・河原町・橋戸町)は1658年に千住宿に加宿されました。

 

13:38

千住高札場跡。

千住の一里塚跡。日本橋から二里(3.93km×2=7.86km)です。

足立成和信用金庫本店入口に芭蕉像がありました。鹿沼市の森から切り出された杉の大木から同市在住のチェーンソーアーティストの方が彫られたものだそうです。

信用金庫の先には千住宿問屋場(といやば)・貫目改所(かんめあらためじょ)跡があります。貫目改所は問屋場が扱う荷の重量を検査したところです。

 

 

13:44

森鴎外旧居・橘井堂(きっせいどう)森医院跡。森鴎外のお父さんが開いた医院の跡地です。鴎外も大学を卒業した後、医師としてお父さんと医療活動に従事しました。

 

 

13:48

「たけくらべ千住の大橋散歩」石柱。北千住駅前通りとの交差点の歩道にありました。よくわかりませんが歴史の散歩道か何かのようです。

 

 

13:50

千住宿本陣跡。交差点を渡った先の左側にあります。千住宿のチェックポイントです。今回の街道歩きはここまでとします。

 

13:57

途中休憩したかったのですが、結局歩き通してしまいました。お腹がすいたぞ!駅前の富士そばで「冷し肉富士」をいただきました。美味しかったです。富士そば食べたの初めてかも。。

14:25北千住発の電車で帰宅しました。