2023年4月1日(土)
8:35
今回も晴天でした。保土ヶ谷駅から再開です。駅前では統一地方選挙の演説が行われていましたが、私たちはここでの選挙権は無いのでスルーです。西口を出て商店街に入っていきます。
8:43-8:47
助郷会所跡、問屋場跡、金沢道道標。助郷会所は助郷村の人馬を手配した所だそうです。問屋場は公用の人馬の継立や書状の継飛脚等を担いました。
金沢横丁は、金沢八景や浦賀への分岐です。近代になって集められた道標が4基並べられていました。右から①円海山之道(左面:かなさわかまくらへ通りぬけ)②かなさわ、かまくら道(左面:ぐめうし道)③杉田道(正面:程ヶ谷の枝道曲がれ梅の花 其爪)④富岡山芋大明神の道と書いてあるようです。
8:49
JR東海道本線、横須賀線を横断します。なかなか眺めの良い踏切です。
8:53
本陣跡。通用門だけ現存しています。
9:00
旅籠本金子屋跡。保土ヶ谷宿は本陣、脇本陣、旅籠などの跡地に標識が立てられており、わかりやすかったです。
9:05
保土ヶ谷の一里塚と上方見附跡。日本橋から八里(4km×8=32km)です。上方見附は保土ヶ谷宿の京(西)口です。江戸から来た私たちはここで保土ヶ谷宿を出ることになります。
9:06
今井川沿いの松並木。松並木の復元がされているようです。
9:17
旧元町橋跡。かつてはここで今井川を渡っていたそうです。
9:23
現在の元町橋を渡ります。
9:24
権田坂の入口です。登り坂が始まります。少し進むと道路改修碑がありました。稲荷神社が祀られています。
登りきるまでの間にも道標などがあり、学校の近くには権田坂の由来の看板がありました。由来1は知っていましたが、由来2については初耳でした。
突き当りの歩道に道標がありました。とても親切です。
9:52
境木立場跡と境木地蔵尊。境木立場は高台にあり西に富士、東に東京湾を望む景勝地でした。茶屋の「牡丹餅」が有名だったそうです。今もこの辺に茶屋があったら立ち寄るのになあ、と思いました。牡丹餅食べたかったです。境木地蔵尊は浜辺に漂着したお地蔵様が安置されているそうです。あれ?似たような話をこれまでの道中にも聞いた気がするのですが、気のせいでしょうか。境内の桜とチューリップがとても綺麗でした。参拝しました。
そして、ここで武蔵国から相模国へ入ります。実はずっと神奈川県=相模国だと思っていました。川崎は武蔵国だというのはこの街道歩きを計画してから知りました。勉強になります。
バス停のベンチで小休止をしました。Mちゃんにもらった行動食(フレンチトーストフィナンシェ)を1個食べました。美味しかった。
10:12
焼餅坂を下って行きます。当時は茶屋が並んでおり旅人相手に焼餅を売っていたそうです(別名牡丹餅坂)。
10:19
品濃の一里塚。日本橋から九里(4km×9=36km)です。神奈川県内ではほぼ完全な形で残る唯一の一里塚だそうです。東海道を挟んだ両側が塚になっているようです。
10:31
品濃坂上。京側から来ると難所となっていた坂だそうです。現在は歩道橋を渡ります。
10:51
赤関橋で柏尾川を渡ります。欄干の絵がいい感じです。
11:12
不動坂。あと少しで戸塚宿です。なのに、この先舞岡川を渡ったところで道を間違えてしまいました。言い訳させてもらえるなら、ガイドブックがちょうど見開きの切れ目になっててわかりずらかったのです。下記の公園まで行って引き返しました。
11:36
江戸方見附跡。戸塚宿の江戸(東)口です。いよいよ戸塚宿に入ります。
ここから下記のマンホールの蓋を見かけるようになりました。
11:43
吉田の一里塚跡。日本橋から十里(4km×10=40km)です。
11:46
吉田大橋。手前に歌川広重の東海道五十三次戸塚宿の絵が橋を同じ角度で見れるように掲示されていました。
11:54
素敵な自販機発見。ここより少し前でMちゃんが同じ自販機を見つけたのですが、道路の反対側だったので写真を撮れませんでした。再度見かけたので喜びつつ撮影。
(12:00くらい)
戸塚駅跨線橋。ガイドブック「ちゃんと歩ける~」では、ここが戸塚宿の起点になっているのですが、写真を撮り忘れてしまいました。失敗!
12:07-12:18
内田本陣跡と澤邊本陣跡。澤邊本陣跡には明治天皇戸塚行在所阯碑があります。
12:42
日本蕎麦食堂満留賀さんでランチ。スマホで近くの飲食店を検索しながら歩いたのですが、検索で出てきたお店は目の前まで行ってもなんとなくピンと来ず、偶然出会ったこちらでお昼をいただきました。やはり五郎さん方式(ピンときた所)の方が当たりを引くようです。私は日替わりの「肉とじ煮と冷たいお蕎麦のセット」を、Mちゃんは「力蕎麦」をいただきました。ボリューム満点、味もとっても美味しかったです。
13:20
上方見附跡。戸塚宿の京(西)口です。戸塚宿を出ます。
13:43
お軽勘平戸塚山中道行の場碑。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」にちなんだ碑だそうです。歌舞伎は詳しくないのでよくわかりませんが、桜がきれいでした。勉強不足ですみません。
13:54
浅間神社と原宿の一里塚。日本橋から十一里(4km×11=44km)です。が、一里塚の標識が見当たりませんでした。後で調べたところ、ここより少し手前にあったようです。途中ずっと工事中だったので、見逃したか隠れていたのでしょうか。残念。
14:00
石仏石塔群。歩道橋の袂にあります。ガイドブックによると、青面金剛像、西國巡礼供養塔、馬頭観音だそうです。お水が供えられていました。
14:17
名残の松。かつては松並木があったそうです。写真では伝わらないかもしれませんが、遠目でも存在感があり、近づいて見上げると迫力がありました。
14:24
影取立場跡。ガイドブックには載っていませんでしたが、影取バス停(影取町信号近く)に標識がありました。
14:33
諏訪神社。影取の地名の元となった大蛇伝説の池があったとされる神社です。ご神木のクスノキがすばらしかったです。
ガイドブックにはこの先に茅葺き門があると書いてあったのですが、どれかわからなかったです。
14:47
鉄砲宿の由来。諏訪神社から少し行った藤沢市入口近くの歩道の木々の裏側に、鉄砲宿由来の案内がありました。こちらもガイドブックにはありませんでした。次々整備されているのですね。藤沢市に入ります。
14:53
旧東海道松並木跡碑。そばにベンチがあり休憩にちょうどよかったです。一息つきました。
15:12
藤沢の一里塚跡(遊行寺坂)。日本橋から十二里(4km×12=48km)です。かつての東海道は現在の道の両側の崖上の高さまであったそうです。今は崖の上には何も残っていないようです。
15:17
江戸方見附跡。藤沢宿の江戸(東)口。藤沢宿に入りました。
15:25
ふじさわ宿交流館。ガイドブックの「藤沢広小路跡」付近に交流館がありました。中に入ると旧東海道に関する展示物があり、休憩もできるようになっています。ここでしばらく休憩させていただきました。
15:41
遊行寺黒門。交流館を出て裏手に行くと立派な門が見えてきます。桜と黒い門との組み合わせが素敵でした。
15:43
遊行寺橋。かつては大鋸橋と呼ばれた橋を渡ります。それほど大きくない橋ですが、赤い欄干が素敵でした。
15:46
遊行寺橋・高札場跡。橋を渡ったところに標識がありました。標識はガイドブックに載っていませんでしたが、藤沢宿の起点が橋を渡ったここだったので、今回の旅はここで終了としました。
16:10
484cafeでお茶。橋を渡ると旧東海道は右に曲がるのですが、左に曲がって藤沢駅に向かいました。駅前でお茶ができるところを探したのですがなかなか見つからず、やっと484cafeさんで休むことができました。私はアイスコーヒー、Mちゃんはオレンジジュースを注文しました。美味しかったです。今回もたくさん歩きました。