街道歩きできるかな

50代、体力が衰える前に五街道歩きにチャレンジ

東海道⑦小田原~箱根~三島(その2)

2023年11月23日(木)

6:50

おはようございます。朝の芦ノ湖です。

素泊まりなので、朝食は昨日コンビニで購入した以下のメニューです。朝の牛乳とヨーグルトは欠かせません。

 

8:05

ホテル出発。今日もお天気は良さそうです。三島までたどりつけるでしょうか。昨晩リュックの中を捜したら熊鈴が出てきました(よかった!)。山に入ったらすぐに鳴らせるように準備しました。

むさしやさんから少し歩くと箱根神社大鳥居があります。

 

8:09

身代わり地蔵。梶原景季の身代わりになったというお地蔵様です。

 

 

8:15

葭原久保の一里塚跡。日本橋から二十四里(4km×24=96km)です。

 

8:16

旧東海道箱根杉並木碑。さっそく旧道に入ります。

 

杉並木の間から富士山が見えました。

 

 

8:32

箱根関所。恩賜箱根公園の駐車場の脇を抜けて行くと、いよいよ箱根の関所が見えてきました。

全面復元されています。通り抜けるのは無料ですが、資料館の観覧は有料です。

 

 


8:44

山の神交差点。どちらに行くのかちょっと分りづらかったのですが、ふと足元を見ると道標がありました。本当に助かります。

 

8:48

芦川の石仏群。箱根で最も古い庚申塔(1658年建立)があります。

 

ここからまた旧道に入ります。

 

8:50-9:00

向坂碑。このまま旧道を進むと国道1号線のガードをくぐり、再び国道1号線に出るまでに複数の坂があります。箱根外輪山の箱根峠への上り坂です。

赤石坂。

釜石坂。

風越坂。

 

9:03

挟石坂碑。国道1号線に出る前の最後は丸太階段の急坂です。

 

 

9:18

箱根峠。到着しました!交差点で少し行先に迷いましたが、またまた足元に道標が。いよいよ静岡県に入ります。

 

道標どおりに進むと冠木門があります。

 

9:23

新箱根八里記念碑。近年作られたもののようですが、残念ながら草が生い茂っていてよく見えませんでした。

 

 

9:25

迂回。令和元年の台風19号の被害により峠茶屋から接待茶屋跡あたりまで旧街道は通行止めとなっていました。ここからは国道1号線の歩道を行かなければなりません。長い間通行止めのようですが、いつ復旧するのでしょうか。

 

9:42

迂回路の反対側に到着。入れないように厳重な通行止めになっていました。

 

9:45

接待茶屋跡の先から旧街道に入ります。

 

接待茶屋の一里塚跡。南塚が残っているということですが、写真を撮り忘れたようです。下の写真の後ろかな?日本橋から二十六里(4km×26=104km)です。二十五里目は不存在ということで「100km到達!」はできませんでした。なぜ二十五里目がなかったのか調べたところ、どうやら歴史上のあれこれで距離の齟齬ができているようです。正確な距離についてはさておき、ひとまずここで日本橋から100kmは越えたということでよいかな。

徳川有徳公遺蹟碑。八代将軍吉宗がここにあった茶屋で休息し、代金を永楽銭で支払ったことから「永楽屋」と呼ばれたというお話があるそうです。

兜石。兜に形が似ているからというのと豊臣秀吉が兜を置いたという二説があるそうです。

 

 

9:51

明治天皇御小休趾碑。

旧道が続きます。

 

10:00

念仏石。突き出ている大きな石が念仏石で、手前に「南無阿弥陀仏 宗閑寺」という碑があります。行き倒れの旅人を供養しているそうです。

 

10:05

木々が途切れたところに道標がありました。出てきたところを振り返って撮りましたがまるで木々のトンネルのようです。山中城址方向へ向かいます。

 

 

10:15

かわいい案内に従って国道1号線を横断します。

横断した先の国道歩道を少し歩くとまた旧道に入ります。石段を下って行きます。

 

旧道が続きます。

 

開けてきました。紅葉がきれいです。

 

10:33

雲助徳利の墓。国道1号線の手前にあります。盃と徳利が浮き彫りになっているお墓です。雲助とは江戸時代に宿場や街道で駕籠かきや荷物の運搬をした人のことをいいます。この雲助さんは面倒見がよい親分さんで皆に慕われていたので、死後お墓がたてられたということです。終生お酒を愛した人だったそうです。

 

10:36

山中城阯。小田原北条氏の出城。豊臣秀吉に半日で落とされました。見学はしませんでしたがとても広い敷地が城跡公園となっています。

 

10:41

芝切地蔵。

 

 

10:44

国道を横断した先で旧道に入ります。左の階段は山中城跡公園に上がる階段です。

少し先の旧道の脇に司馬遼太郎の箱根八里記念碑があります。

 

10:51

旧道から国道に出たところと山中城口信号の間に「天空タワーアスレチック ドラゴンキャッスル」がありました。テレビなどで見たことはありますが、突然目の前に現れたので驚きました。信号を渡って旧道に入ります。

 

 

11:02

旧道を出たところに芭蕉の句碑があります。隣に富士見平ドライブインがあり、前もって地図で見ていたのでここで昼食でもいいかなと考えていたのですが、開いていませんでした。扉に張り紙があったので見てみたのですが、たばこOKの店なので二十歳未満は入店禁止という内容でした。

 

仕方がないので先に進むことにします。道路を横断して旧道に入り石段を下って行きます。

 

11:17

再び国道に出ると今度は目の前に富士山と、なにやら広い駐車場に車がたくさん停まっています。2015年に開業した日本最長の人道吊橋、三島スカイウォークです。祝日のためか、たくさんの人で賑わっていました。

私たちの格好は少し場違いでしたが、この先お昼を食べられる場所があるかわからなかったので、こちらで昼食にしました。SKYWALK COFFEEでパスタと飲み物をいただきました。私はボロネーゼとアイスコーヒー、Mちゃんはカルボナーラとアイスティーです。美味しかったですが、歩いてきた身としては量的に物足りなかったかな。まあ、あまり食べすぎても歩くのには良くないのでちょうどよかったのかも。「ラグジュアリートイレ」なるものも使用させていただきました(^^)。12時くらいに出発しました。

 

12:10

道祖神。スカイウォークの駐車場を出て国道を渡り再び旧道を行きます。

旧道の視界が開けたところから見える街は三島(宿)でしょうか。気分は弥次さん喜多さんです。

 

12:22

笹原の一里塚。日本橋から二十七里(4km×27=108km)です。隣に大岡信の箱根八里記念碑がありました。

 

実はこの一里塚を見落としてしまい、一度来た道を戻りました。先ほどの道祖神の先で道が二つに分かれて平行に走っているのですが、私たちは右の道を下ってきました。しかしどうやら左側の少し高い位置の道の方が正規の旧東海道だったようです。下の写真は私たちが下ってきた道を振り返って撮ったものですが、この右側(下ってくる場合は左側)がすこし高くなってもう一本道があります。そこに一里塚がありました。

下の写真、この上に一里塚があります。戻ったから見えた標識です。これから東海道を江戸→京都で歩く方はご注意ください。

 

12:30

こわめし坂。箱根西坂最大の難所で、背負った米が汗と熱気で蒸されて強飯になったという坂です。写真ではそんなに急坂には見えないかもしれませんが、現在もそこそこ急でした。下りきったところに道標があります。

 


12:45

しばらく三ツ谷新田内の国道沿いを歩きます。富士山がとってもきれいに見えました。

 

12:50

史跡法善寺旧址碑。斜め右の下り坂に入って、アスファルトの細い道を行った先にあります。

小学校の裏でさらに細い道に入っていくと七面堂旧址碑があります。七面堂とは日蓮宗の護神七面大明神を安置する御堂のことで、正面には「征夷大将軍足利尊氏建立 七面堂旧址碑」とあり、横には「あしがわの ぶしょうのたてし なにめでて しちめんどうと いうべかりける 小林一九著書 東海道中膝栗毛」とあります。後で調べたところ弥次郎兵衛が詠んだ狂歌だそうです。

 

その先で大通りに出ると出征馬記念碑があります。戦時中に徴収され、外地に出征した軍馬の供養塔ということです。

 

13:00

六地蔵。隣に三界萬霊塔があります。このお地蔵様が、村人に代わって火事が出ないよう毎夜見回りをしてくれたため、このあたりではほとんど火事が出なかったと言い伝えられているそうです。

六地蔵の少し先で斜め右の土道に入ると臼転坂があります。臼が転がるほどの坂だったということです。

 

 

13:05

馬頭観世音。文政三年(1820年)建立の馬頭観世音等です。

 

13:10

普門庵。鉄牛という僧が聖観音菩薩像を背負って来たが、ここで突然重くなり動けなくなったためやむなくここに安置し本尊としたということです。

 

 

13:25

箱根路碑。国道1号線に出るところに大きな石碑があります。萬霊等は寛政三年(1791年)建立です。

 

 

13:30

初音ヶ原松並木石畳道。国道1号線に沿って石畳と松並木が続いています。

 

少し歩くと錦田の一里塚があります。国道一号線を挟んで南北の両塚が残っています(写真は北塚)。日本橋から二十八里(4km×28=112km)です。

三島宿まであと2kmです。

 

13:35

初音ヶ原歩道橋を渡ります。

 

13:45

馬子唄碑。「箱根八里の馬子吹消へて今は大根を作る歌」とあります。

馬子唄碑のそばに下記の「函山新道碑」というのがあり「静岡県三島商業学校教諭公野牟次郎譔 東山月出皓書」とあるのですが、後で調べても何かわかりませんでした。どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください。

 

13:50

馬子唄碑の五本松交差点を右折し、すぐに左折します。新しめの石畳と細い舗装された道が並んではしっています。少し行くと右側に砂利の駐車場があり、富士山がきれいに見えました。

その先で下り坂の途中に愛宕坂の説明がありました。

 

13:55

愛宕坂を下りきったところ、東海道本線を渡る踏切の手前に、箱根八里の案内板と川原ヶ谷道標があります。

 

14:00

新町橋を渡ります。ここからの富士山もなかなかです。

 

 

14:20

三嶋大社。源頼朝が源氏再興を祈願したことでも知られています。祝日のため参拝の人が多かったです。七五三の可愛いお子様達もいました。今回の街道歩きもあと少しで目標地点に到着です。旅の無事を感謝してお参りしました。

 

 

14:40

世古本陣跡と樋口本陣跡。三島宿のチェックポイントに到着しました。今回の東海道歩きはここまでです。樋口本陣の標識の方は女性が街路樹のイルミネーションの準備をされていたので、邪魔にならないように反対側から撮影しました。

 

 

15:00

茶房 壺中天。今回は上記本陣のある交差点から三島駅へ向かう途中で休憩できるお店を探しました。喫茶店がなかなか見つからずに焦ったのですが、こちら壺中天さんで一休みさせていただきました。私はアイスコーヒー(Mちゃんはホットだったかな?)をいただきました。

15:37の三島駅発で帰宅しました。初の1泊2日の東海道歩きはケガもなく楽しく終わることができました。「年内に箱根を越えられるといいなぁ」と漠然と思っていたのですが、達成できてよかったです。

それにしても箱根の石畳は歩きづらかったです。私はトレッキングシューズだったのですが、雨が降った訳でもないのに滑る滑る。わらじや地下足袋の方が歩きやすいのではないかと思ったくらいです。